SAPプロフェッショナルコラム

SAP Jouleとは何か
―SAPシステムでAIを活用する際の全体像と、Jouleの位置づけ―

SAP社がAI戦略を加速させる中、「Joule(ジュール)」という名称を目にする機会は急速に増えました。
一方で、Jouleの名を冠するサービスが次々と登場しており、「結局、Jouleとは何なのか」「SAPシステムでAIを活用するには何が必要なのか」が分かりにくくなっているのも事実です。

区分 主な利用者 説明・役割
Joule SAPシステム利用者 SAP社では「SAP's flagship AI brand」と位置付けられており、各Jouleサービスを包含するブランド
Joule Agents 業務担当者 複数の業務処理を判断・実行する
Joule Assistants 業務担当者 複数のAIエージェントを組み合わせ、一連の業務を自律的に実行する
SAP Joule for Consultants 導入担当者 SAP社の知識を調査し、設計判断を支援する
SAP Joule for Developers ABAP・SAP BTP開発者 コード生成、説明、アプリ・自動化開発を支援する
Joule Studio AI・SAP BTP開発者 独自エージェントやAIアプリを作る
Joule Work 全社の業務利用者 非SAPシステムも含めてデータ、アプリ、ワークフロー、AIエージェントを一つの利用体験に統合する

※提供時期や利用可能な機能は、契約形態・対象製品・地域などにより異なります。最新情報はSAP社の公開情報をご確認ください。
※JouleはSAPクラウドソリューション向けに提供されており、オンプレミス環境では提供されません。

実際、お客様からも次のようなご相談をよくいただきます。

「Jouleで何ができるのか、正直よく分からない」
「SAPシステムでAIを使うにはJouleが必要なのでしょうか」
「ChatGPTとは何が違うのでしょうか」

この背景には、SAPシステムで「AIを活用すること」と「Jouleを導入すること」を同義として捉えてしまっていることにあります。
JouleはAIそのものではなく、「AIを利用するための共通の接点(インターフェース)」です。

SAPシステムにおけるAI活用の全体像

SAPシステムでAIを活用する方法は、一つではありません。標準機能のAI、SAP BTP上で独自開発、あるいは外部AIとの連携など多岐にわたります。
全体構造を整理すると、以下の4つの層に分けられます。

【利用者との接点】(フロントエンド)

・Joule/Joule Work/SAP Fiori/独自アプリ

▼

【AIによる判断・実行】(ロジック層)

・Joule Agents/SAPシステムの標準AI/独自エージェント/外部AI

▼

【SAP Business AI Platform】(基盤層)

・ガバナンス層:AI管理 (SAP AI Agent Hub)
・ビルド層:AI開発(Joule Studio)
・コンテキスト層:データ (SAP Business Data Cloud/SAP Knowledge Graph/SAP Domain Models)

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【業務データ・業務プロセス】(データソース)

・SAP S/4HANA、SAP SuccessFactors、非SAPシステムなど

AIの本質は、データを分析・予測し、業務を支援することです。
一方、Jouleは、それらを自然言語で操作するための「共通の接点」に過ぎません。例えば、営業担当者がJouleに「先月の売上を教えて」と入力した際、分析しているのは裏側のデータ基盤やAI機能であり、Jouleはその結果を人間に分かりやすく提示しているだけです。
最近のJoule Workのように、複数のAIエージェントを組み合わせて業務処理まで完結させる仕組みにおいても、Jouleは「全体をつなぐ接点」という位置づけです。

なぜSAP社はJouleを前面に打ち出しているのか

SAP社がここまでJouleを強調する理由は、Jouleが「利用者が直接触れるAI」だからです。
実際の高度な処理はSAP Business AI Platformという目に見えないプラットフォーム上で行われています。しかし、それらは利用者から直接見えるものではありません。
利用者が触れる接点をJouleに一本化することで、製品ごとに"異なる利用体験"ではなく、"統一された利用体験"を提供しようとしています。
これにより、利用者は個々のSAP製品を意識することなく、業務そのものに集中できるようになります。

SAPユーザー企業がAIを検討する順番

ここで最も重要なのは、「Jouleを導入するかどうか」から検討を始めないことです。
順序を誤ると、「Jouleを導入したものの、何に活用すればよいのか分からない」という状況にもなりかねません。
企業が辿るべき正しい検討手順は以下の通りです。

1

業務課題を整理する(例:問い合わせ対応の効率化、レポート作成支援など)

2

AIに期待する役割を明確にする

3

利用するデータを整理する

4

AIの実装方法を選択する

5

利用者との接点としてJouleなどを選択する

AI活用の成否はJouleではなくデータで決まる

Jouleを導入すればAI活用が成功するわけではありません。AIの回答精度や実行精度は、背後におけるデータの質や業務プロセスの状態に大きく依存します。受注データが正しく登録されていなければ分析結果も正しくなりません。製品や顧客マスタの定義が部門ごとに異なっていれば、AIは誤った集計や解釈を行う可能性があります。
また、業務プロセスが標準化されていない場合、AIが導き出した結果に対して利用者が十分な信頼を持てないケースもあります。
つまり、AI活用の成果を左右するのは、Jouleの有無だけではなく、

どのようなデータが蓄積されているか

そのデータが信頼できる状態か

業務プロセスが整理されているか

という基盤部分です。

AIの性能が向上したとしても、データ品質を超える価値を生み出すことはできません。
ERP導入時代の競争力が「どのシステムを導入するか」であったとすれば、AI活用時代の競争力は、「どれだけ信頼できる業務データを継続的に生み出せるか」に移りつつあります。
私たちがお客様をご支援する現場でも、AI活用の検討を進める過程で、データ定義の不統一や業務プロセスのばらつきが課題として顕在化するケースは少なくありません。AI導入そのものよりも、まずは業務とデータの整備が重要であることを改めて認識させられます。

SAP社がClean coreを重視している背景にも、同様の考え方があります。
業務ごとに独自開発や個別運用が増えると、データ定義や業務プロセスが統一されず、AIが参照すべき業務コンテキストも複雑になります。
AI活用を前提とした環境では、まず業務プロセスを標準化し、信頼できるデータを蓄積できる状態を整えることが重要です。
Jouleは、その整備された環境の上で初めて本来の価値を発揮します。

筆者も実際にSAP Joule for Consultantsを利用していますが、SAP社の公式ナレッジを横断し、設計判断の参考となる情報を短時間で整理できる点には大きな可能性を感じています。
従来は複数のSAP Notesやヘルプサイト、ガイドラインを個別に調査していた作業が対話形式で整理されることで、情報収集のあり方そのもの、ひいてはコンサルタントの仕事の仕方が変わり始めると考えます。
今後は「情報を探す力」よりも、「AIが提示した情報を業務やシステムの文脈に当てはめ、適切な判断につなげる力」の重要性が高まっていくでしょう。

おわりに

SAP社はAIが業務を代行する『自律型企業(Autonomous Enterprise)』というビジョンを掲げています。
今後、Jouleは単なる対話型AIではなく、複数のAIエージェントやワークフローを組み合わせ、業務を自律的に実行するための共通の接点へ進化していくと考えられます。
しかし、AIが判断・実行する範囲が広がるほど、その土台となるデータの信頼性、業務プロセスの標準化、人とAIの責任分界が重要になります。
SAPユーザー企業が最初に問うべきなのは、「Jouleを導入するか」ではありません。どの業務にAIを組み込み、何をAIに任せ、どの判断を人に残すのか。その設計を明確にした上でJouleを位置付けることが、自律型企業の実現に向けた現実的なアプローチとなるでしょう。

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