SAPプロフェッショナルコラム

SAPユーザ企業のAI活用は、どこへ向かうのか
「ERP内包型AI」と「ERP外付け型AI」という二つの選択

SAPユーザ企業はいま、壁にぶつかっている

  • 生成AIの登場以降、多くのSAPユーザ企業がAI活用の検討を進めています。問い合わせ対応、ナレッジ検索、レポート作成、予測分析…。PoC(概念実証)は各所で始まり、「AIをどう業務へ組み込むか」が重要テーマになりました。
    しかし同時に、導入が進んだ企業ほど、ある違和感に直面しています。
    「AIは便利だが、基幹業務には簡単に入れられない」
    この違和感の正体は何でしょうか。
    SAP社の年次カンファレンス(SAP Sapphire 2026)で、SAP社のCEOが興味深い表現を使いました。AIの採用が進まない理由を"氷山"に例えたのです。水面上、つまり誰の目にも見えている部分では、大規模言語モデルは着実に進化しています。しかし水面下、実際のビジネスの世界へ踏み込むと、話が変わる。
    「モデルはあなたの業務データやプロセスで訓練されていない。セキュリティ・コンプライアンス、データプライバシー、会社の権限ルール—AIエージェントはこれらを自然には守れない」(SAP Sapphire 2026基調講演、筆者意訳)というのです。

    基幹業務が"データ処理"ではなく、"統制(ガバナンス)"によって成り立っているという、構造的な問題の指摘です。
    誰が実行してよいのか。どの承認プロセスを通すのか。どのルールに従うのか。監査上どのように説明するのか。
    企業業務とは、本来「統制」の上に成り立っています。そして今、SAPユーザ企業は大きな分岐点に立っています。AIをERPの"外側"に置くのか。それとも、ERPそのものをAI前提へ進化させるのか。
    この選択は、単なる製品選定ではなく、企業構造そのものを、どこまで変える覚悟があるかという問いでもあります。

「なぜSAP社のAIなのか?」の意味

  • 最近、SAP社は「なぜSAP社のAIなのか?」を訴求しています。
    これは単なるマーケティングメッセージではありません。
    「AIがある」ことではなく、なぜSAP社でなければ"Enterprise AI"が成立しにくいのかを、説明し始めたのです。
    そこで中心に据えられているのが、Business Context(企業文脈)という考え方です。
    AIが業務を理解するためには、業務プロセス、権限、ワークフロー、マスタデータといった"Business Context(企業文脈)"が必要になります。
    SAP社は長年、ERPを通じてこの企業文脈を蓄積してきました。Joule、Knowledge Graph、Business Data Cloud、AI Agent Hub、Agentic ERP といった構想は、いずれもBusiness ContextをAI活用へ組み込むための重要な要素として位置づけられています。
    SAP社が本当に狙っているのは「AI機能の追加」ではありません。ERPそのものを、"AIが理解できる企業基盤"へ進化させることです。

「ERP内包型AI(ERP内部AI)」という思想

ここで、本コラムの前提となる用語を整理します。

ERP内包型AI(ERP内部AI)

AIがERPを“理解”し、権限・ルール・ワークフロー・監査を前提に業務を動かす

ERP外付け型AI(ERP外部AI)

AIをERPの外側に置き、ERPは主に“データソース/参照先”として活用する

SAP社が描くのは明らかに「ERP内包型AI」の世界です。
これはAIがERPを単なるデータソースとして扱うのではなく、ERPの中にあるBusiness Context(企業文脈)を前提に動作するという思想です。
たとえば「購買業務」を考えてみます。AIが購買依頼を自動で起票し、発注まで進めるようなシナリオです。
ここで本当に難しいのは、起票そのものではありません。難しいのは、次のような"統制"を満たしながら実行できるかどうかです。

その人(または役割)に実行権限はあるのか。

金額や品目に応じて、どの承認ルートを通すべきか。

例外条件(特別購買、緊急購買、取引先制限など)に抵触しないか。

監査のために、意思決定の理由と証跡を残せるか。

  • 基幹業務で問われるのは「賢さ」のみではありません。

    「この判断を、この権限で、本当に実行してよいのか」

    ここまで含めて理解できて初めて、AIは基幹業務へ踏み込めます。

ERP外付け型AIという現実解

  • 一方で、多くの日本企業がすぐにSAP社の描く「ERP内包型AI」へ進めるわけではありません。
    現実の世界では、もう一つの流れが急速に広がっています。
    それが、「ERP外付け型AI」です。
    Microsoft Copilot、OpenAI、各種AIエージェント、RAG、AIポータルなどをERPの外側に配置し、AI活用を実現するアプローチです。
    この方式では、ERPは主に"データソース"として扱われます。ERP本体を大きく変更しなくてもAI導入できるため、非常に現実的です。
    特に、SAP ECCを継続利用している企業、アドオンが多い企業、標準化が進んでいない企業にとっては導入しやすく、短期間で成果を出しやすいメリットがあります。実際、多くの企業がまずこの形からAI活用を始めています。これは決して間違った選択ではありません。むしろ日本企業の現実を考えれば、極めて合理的な第一歩です。

    あるグローバルコンサルティングファームは最近、顧客企業の変化をこう表現しました。

    「PoCから、統合AIエージェントへの明確なシフトが起きている。
     AIはもはや効率化・コスト削減のツールではなく、競争力の核心として見られ始めている」


    日本市場でも同様の変化は始まっています。

「外付け型の限界」はどこで顕在化するか

  • ここで重要なのは、SAP社以外の多くのプレイヤーは構造上、「ERP外付け型AI」になりやすいという点です。
    なぜなら、ERP内部のBusiness Context(企業文脈)を持ちにくいからです。
    外部AIから見えるのは、API、DB、CSV、一部業務データです。しかし実際の業務には、暗黙ルールや承認責任といった"見えない構造"が大量に存在します。その限界は、具体的にこんな場面で顕在化します。

AIが自動生成した発注内容を「誰が承認責任を持つのか」が記録に残らない。

月次決算で監査対応が必要になったとき、AIによる意思決定の根拠を遡れない。

長年の業務の中で積み上がってきた例外処理のルールをAIが知らないまま処理を進める。

  • この最後の問題は、「暗黙知の壁」とも呼べます。
    ERPの外側からAPIで接続するAIには、プロセスモデルやデータは見えます。しかし、過去の判断履歴や例外対応の積み重ねは見えません。

    つまり問題は、データの有無ではなく、「判断の文脈」をAIが持てるかどうかにあります。
    人間が長年かけて培ってきた業務知識は、多くの場合、構造化されないままERPの外に存在しています。その結果、ERP外側から接続するAIは、どうしても「ERPを理解するのではなく、参照するだけの構造」にとどまります。
    この課題に取り組んでいるのはSAP社だけではありませんが、SAP社の特徴は、ERPそのものを起点にBusiness Context(企業文脈)をAIへ渡す設計思想を前面に出している点にあります。

    ある大手金融機関のCFOが、自社のAI戦略についてこう語っていたことが印象的です。

    「AIを壊れたプロセスに振りかけるだけでは、技術的負債を清算する機会を逃す。
     そしてAIエージェントが従うべきルールは、ERPの統制フレームワークから直接来なければならない」


    これは金融機関特有の話ではありません。製造業の購買、医薬品の製造バッチ管理、流通の在庫移動…。
    統制と証跡が問われるあらゆる業務で、同じ構造問題は起きます。

「短期の現実」と「長期の到達点」の問題

  • では、「ERP内包型AI」と「ERP外付け型AI」のどちらが正しいのでしょうか。
    結論から言えば、単純な優劣ではありません。「ERP内包型AI」は、長期的には非常に強力です。
    ただし、その前提として、Clean Core、標準化、権限整理、データ統制、プロセス可視化が求められます。
    つまり、企業構造改革が必要になります。

    一方、「ERP外付け型AI」は短期的には極めて現実的です。既存ERPを大きく変えずに始められ、PoCや業務改善にも向いています。
    ただし、統制・権限整合・説明責任などがERPと分断されやすいという課題もあります。

    私たちNHSが、多くのSAPユーザ企業様と向き合う現場においても、Clean Coreの前提が完全に整っている企業はまだ少数派です。
    アドオンを多く抱えたまま、あるいはデータ標準化の途中で、AI活用の検討を始めている企業が大半です。
    そうした企業にとって、「ERP外付け型AI」から始めることは「逃げ」ではありません。
    その第一歩がどこへ続くかを、設計段階から意識しているかどうかで、数年後の到達点は大きく変わります。
    こうした企業に対してNHSがまず問いかけるのは、『どのAIを入れるか』ではなく、『外付けで得た知見を、いつ・どのタイミングで内包型の設計に接続するか』という問いです。

「どこから始めるか」ではなく「どこまで到達する意思があるか」

  • ここまでを踏まえると、結論は明確です。
    短期的には「ERP外付け型AI」から始めることが現実的です。
    しかし、その延長線上に「ERP内包型AI」への進化を描けていなければ、AI活用はやがて限界を迎えます。
    つまり企業に問われているのは、「どのAIを使うか」ではありません。「どこまで企業構造を変える覚悟があるか」です。
    「いまの改善」と「将来の到達点」を切り分けて設計する。それがAI時代の基幹業務における最重要テーマになり始めています。

    AIは、企業構造の曖昧さを許容しません。これまで「人間だから何とか回せていた構造」が、AI時代には限界を迎え始めています。
    これからのSAPユーザ企業に問われるのは、AIを導入するかどうかではありません。
    AIが理解できる企業になれているか。
    その一点なのです。

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