SAPプロフェッショナルコラム

なぜSAP社はRISE with SAPへの移行を推進するのか?
―変わる境界線とユーザ企業に問われる覚悟

SAP S/4HANAへのアップグレードを終え、次は『RISE with SAPへの移行』について語られる機会が増えていますが、「本当に今なのか」と感じている方も多いのではないでしょうか。
RISEは単なるクラウド契約ではありません。また、運用をすべてSAP社に任せる仕組みでもありません。SAP社が10年後、15年後のERPをどのような存在にしようとしているのか。

本コラムでは、

SAP社が見ている景色

そのために用意されたRISEという仕組み

そしてSAPシステムを導入している企業がいま求められている判断

を整理します。

SAP社が見ている景色 ― ERPを「進化し続ける経営基盤」へ

  • SAP社は「Intelligent Enterprise(インテリジェントエンタープライズ)」というビジョンを公式に掲げ、ERPを「企業の判断と実行を継続的に支え続ける経営基盤」へ進化させる方向性を示しています。
    業務データがリアルタイムで集まり、分析やAIがERPシステムに統合され、人が判断する前に示唆や選択肢が提示される。 SAP社はそのような経営基盤の実現を目指しています。そのようなERPを実現するには、システムを止めずに進化し続けられる構造が不可欠です。
    SAP社がRISE with SAPやClean Coreの必要性を語る背景には、従来型ERPが抱えてきた構造的な課題があります。
    個社ごとに作り込まれたERPでは、アップグレードが煩雑になり、新機能やAI活用が個別対応になりやすく、クラウド環境ではスケールしにくいという課題を抱えていました。
    この現実を踏まえ、SAP社は個社最適を前提としたERPモデルから距離を取り、標準を軸に進化し続けられるERPモデルへと舵を切ったと読み取ることができます。

RISEは「クラウド契約」ではなく「責任設計」である

  • この思想を現実の提供モデルとして具現化したものがRISEです。
    RISEは「SAP社がすべてを管理する契約」ではありません。
    SAP社が責任を持つ範囲は、クラウド基盤(IaaS)、OS、DB、SAP S/4HANA運用レイヤの標準化された技術基盤を中心に、契約管理、標準運用サービス、SAP BTP(SAP Business Technology Platform)等を含むパッケージとして提供されます。
    一方で、業務設計、アドオン設計、データ品質、運用ルールといったSAPシステムを「どう使うか」の上位レイヤは、引き続きユーザ企業に残されます。
    運用作業が減る一方で、「設計・選択に対する判断責任」は、これまで以上にユーザ企業側に求められるようになります。
    つまりRISEとは、IT責任をなくす仕組みではなく、SAP社・SIer・ユーザ企業の間で守備範囲を再設計する仕組みです。
    SAP社は「プラットフォームの進化」に責任を持ち、ユーザ企業は「そのプラットフォームをどう乗りこなすか(ビジネスプロセスの適合)」に責任を持つ。
    この分離こそが、不確実な時代にERPを陳腐化させない解であると、SAP社は提示しているのです。
比較項目 既存クラウド(IaaS) RISE 示唆
契約 クラウド、OS、SAPライセンスが別々 SAP社に一本化 管理負荷は減るがSAP標準機能に依存する
AI・最新機能 利用に制限あり (※) 最新AIを即座に利用可能 最新機能がRISE環境で先行して利用可能になるケースが増えている
運用主体 ユーザ(および委託SIer) SAP社(標準運用) 独自の運用ルールをどこまで「SAP標準機能」に合わせられるかが鍵
アップグレード ユーザの任意タイミング SAP社がライフサイクルを管理 計画的なアップグレードが前提となる
拡張の考え方 ERPコア内でのアドオン可能 SAP BTP活用による「外だし」 既存アドオンをいかに減らせるかがポイント

※SAP社は生成AIをはじめとする最新イノベーションを、主にクラウド(RISE / GROW)を前提とした形で提供する方針を強めています。

Clean Coreは思想ではなく構造的な前提条件

  • RISE with SAPを活用する場合には、Clean Coreは「アドオンゼロ」を意味しません。
    標準API・拡張フレームワーク(In-App/Side-by-Side/ABAP Cloud等)を活用し、ERPコアの改修やモディフィケーションを避ける設計思想です。
    SAP社はClean Coreを次の5つの基本原則として定義しています。

    拡張性:ERPコアを汚さず、SAP BTPなどで外だしして開発

    データ:重複やゴミデータを排除し、AIが正しく学習・分析できる状態に保つ

    統合:標準APIを活用し、密結合を避ける

    運用:手作業を排除し、自動化された標準的な運用を維持

    プロセス:アドオンで業務をねじ曲げず、可能な限りベストプラクティスに合わせる

    これらの前提により、定期的なアップグレード、SAP社主導での機能進化、そしてAIや自動化の継続的な組み込みが可能になります。
    ERPのコアが複雑化し、個社独自仕様で埋め尽くされた状態では、進化そのものが難しくなります。
    SAP社がClean Coreを重視する背景には、システムを止めずに使い続けるための現実的な理由があります。

SAPシステムを導入している企業はいま、分かれ道に立っている

  • この流れの中で、SAPシステムを導入している企業はいま分岐点に立っています。
    1

    SAP主導の進化・標準化に乗る道(定期アップグレード、AI活用、SAP社主導の継続的進化)
    Fit-to-Standardを基本にしながら、拡張はBTPで外だしして俊敏性と保守性を確保する。

    2

    個社最適を維持する道(独自業務重視、アップグレードタイミングを自社コントロール)
    独自業務が競争力の源泉でありコア改修や個別拡張を重視する。個社最適なシステムを維持。
    この道は、独自の強みを守る一方、将来的にSAP社のイノベーションの恩恵を受けにくくなるリスクを内包しています。

    どちらが正解という話ではありません。
    重要なのは、自社はどの方向を選ぶのかを意識的に判断しているかどうかです。
    また、その判断は必ずしも「今すぐRISEに移行する」である必要はありません。
    SAPシステムが成熟期にあり、大きな変化を当面必要としない企業や、独自業務そのものが競争力となっている企業にとって、「いまは行かない」という判断が合理的な場合もあります。
    ただしその場合でも、将来どの方向に進むのかを見据えた準備を怠ると、選択肢そのものを失ってしまう可能性があります。

SAP社が見ている景色の解像度を上げる

  • SAP社は、ERPを「一度作ったら終わり」の重厚長大な資産から、「半年ごとに最新機能が届くサブスクリプション型サービス」へ変えようとしています。
    RISE with SAP化の本質は、インフラの引越しではありません。
    「SAP社が開発する最新技術を、即座に自社の経営基盤に取り込める状態(=Clean Core)を維持し続ける契約」を締結することにあります。
    NHSは、RISE移行を前提に結論を急がせるのではなく、「そもそもRISEに移行すべきか」「いま移行しない場合、何を準備すべきか」を整理する段階から支援します。
    具体的には、現行SAPシステムの成熟度評価、Clean Core観点での課題整理、既存アドオンや業務特性の整理を通じて、RISEを見据えた中長期ロードマップの策定を支援しています。
    こうした移行前の意思決定と準備こそが、RISE時代において最も重要なポイントです。

    ※本コラムは、SAP社が公式に発信している情報・方針・イベントでの発言内容を踏まえ、SAPシステムを長年活用してきた立場から整理したものです。


【主要参考情報】※2025年12月22日時点で確認

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